素晴らしかった「行政事件訴訟研究会第二回目」
裁判の口頭弁論は、いつものようにいつもの如く、5分程度で終わったのであるが、それから後に「次回期日」を入れるのに、大紛糾したのである。
国側の代理人が、差し支え、差し支えと申し述べ、全く期日が入らない(決まらない)のである。
業を煮やした裁判長が、合議法廷ではない開廷日を提示された。しかしながら、それだとラウンド法廷である。
ラウンド法廷とは、狭い会議室のようなところで開廷されるのである。
「玉木弁護士が、このように傍聴人も多いのでそれは困ります。何人くらい傍聴できますか?」と聞かれたら、当初は10人と答えていたのであるが、ギッシリ一杯入って20人と言われたのである。
毎回30人前後傍聴されているのに、どのようにして当職にその20人を決めろと言うのか!
この「行政事件訴訟研究会」を大々的にアピールしなかったのは、余り多くなれば傍聴席に座れないし、またその後の研究会の場所に困ると思ったからである。県外からも何人も参加されている状況で、誰をどう選べと言うのだ。玉木弁護士が法廷内の代理人席から、当職の顔ばかりを見るので、ガンとして首を立てに振らなかったのである。
4月の移動で当職が大好きだった工藤裁判長が転任となり、新しい裁判長であったが、この裁判長が誠に良い方で、最高裁の調査官から第二民事部の部長で来られたのであるが、怒るかなと思いながらハラハラしていたが、民事裁判は口頭弁論が原則で、ましてや行政事件訴訟である。傍聴人が、毎回30人前後来られているのに、しかもその傍聴人は一般人ではなく国家資格者たる社労士の方々である。
請負か労働者の労働者性を争っている事件で、毎回全ての準備書面、書証をコピーして研究会の皆様全員にお渡ししているのである。到底、傍聴人の選択など、当職にできる筈もないのである。
凄い時間を要したが、最後は裁判長が気持ちを酌んでくださり、お互いの代理人の都合と合議法廷が空いている日で決着したのである。しかしながら、3箇月も空いてしまったので、原告の主張と、それに関しての被告の主張を提出した上で、次回期日を向かえることになったのである。
口頭弁論二回分を、一回分にまとめた形で決着したのである。
玉木弁護士は、さすがに日弁連に要請され弁護士会の講師もなさっているし、司法書士会にも認定司法書士の講師に行かれているだけあって、非常に上手いお話を研究会でされた。今日は、「規範的要件事実」について非常に分かりやすくご説明をされ、「行政事件訴訟」と「民事裁判」の人証調べ(証人尋問)についても詳細に説明をされた。また証人尋問については、外国ではどのように行われているかも説明されていた。
その後の質疑応答では、精神疾患の質問もあったが、それについては岩城弁護士が素晴らしい回答をされていた。さすがに、この業界で判例を残している弁護士の方々だけあって、当職は尊敬し直した(笑)。
いつも一緒に側にいても事件の打ち合わせしかしないので、一般的な話しは夜先生方とお酒を飲みに行っているときくらいであるから、結構当職も感動した。やはり、凄いと感心したのである。
もっと先生方に対して労をねぎらって、感謝しなくてはと猛省?した次第である。
当職が根性が座り過ぎて、性格がきつ過ぎるので、先般も河野順一先生に注意されたところである。
それは良く分かっているのであるが、「こんな女に誰がした~。」という歌があるくらいで(懐メロ)、経験則と環境でこのようになってしまったのである。玉木先生は、非常に優しいので、それはやむを得ないと庇ってくださるのであるが、当職も50歳になったことであるし、ぼちぼち全てにとんがっているのではなく、相手を見て態度を買えなければならないと考えている次第である。
当職は、愛する人たちにこそ、厳しい態度にでる傾向があり、自分自身のことを心底分かって欲しいと思うので感情や思いを爆発させるので、そこが良くないと、自分自身のことは良く分かっているつもりである。
ただ、この先進国日本に暮らしながら、世界的女性の地位は98位である。当然に先進国最低で論外ほど女性の地位が低い中にあって、闘わなければこの社労士業界でも生きていけなかったのである。
もっと、自分自身が大きくなり、笑って語れるようになれば直るのだろうが、如何せん、まだその度量と地位にないのである。情けないことに・・・。
話は大きく脱線したが、今日も研究会で皆様が熱心に玉木弁護士、岩城弁護士のおj話しを聞かれている様子を見て、本当に良かったと思っております。数は力なり。皆様がいつも参加され傍聴に来てくださることが、裁判所も公開法廷での口頭弁論でと決心させているのです。
最後まで頑張りますから、皆様も万障繰り合わせて傍聴に来て頂きたいと思っております。